« July 2008 | メイン | September 2008 »
カンコンキンシアター22「クドい!」最初に二足歩行したのは誰だ
August 25, 2008 Monday [ Hobby ]
※ちなみに8/11に書いたものです。すっかりUPしわすれてたw
> やってきました日本の夏が(笑)
> 花火、縁日、ビアホール!蚊取り線香に盆踊り!太鼓の撥さばきも軽やかに!ささ、踊りましゃう、踊りましゃう!
とは昨年のわしのBlogの「カンコンキンシアター21「クドい!」“男の乳首祭り”」の書き出しでございますが…
今年もやってまいりましたよ、日本の夏、クドイの夏が(笑)
しかも今年はシアターアプルでの最後の公演になります。
え、なんでかって??
新宿コマ劇場が再開発事業に伴い閉館となるのです。そんでもってシアターアプルも同時に閉館、、、となるためです。
また今年はシアターアプル最後の公演というのに加え、旗揚げ当時からのメンバーであるルー大柴氏が出演しないという異例ずくめの公演になっておりました。
ルー大柴氏は、苦節ウン十年にしてやっとブレイクした苦労人。そして浅井企画から独立、自身でプロダクションを立ち上げた。
まぁ「「浅井企画から独立」という中で一悶着あったから出演しないのか??」なんて憶測がずいぶんと飛び交いましたが、座長の関根勤氏曰く
「ルーから電話があってさ、でたくないっていうから、「ああ、いいよ」って言ったのよ、だってでたくないって言うんだからしょうがないし、やっぱりこの暑い時期だからね、キツイもんね(笑)」
とお白州で語っておりました。
そういうことらしいですよ、はい。
そんな訳である意味副座長のポジションを占めていたルーちゃんが居なくなったカンコンキンシアターはどうなるのか?時間が短くなってしまうのか??など心配をしておりました。
えっとぉ……心配は無用でした(笑)
なんと平日開演した中での最長記録になりました。終わったのは23時35分(マイ携帯電話時間で確認)。
ええ、23時35分ですよ!(爆)
もうね、どんだけ人の腹筋を強制的使わせるのかと(笑)
夏風邪をこれでもか!とこじらせているわしにとっては気管支聞こえる怪しげな呼吸音との戦いでもありましたが(笑)
ルーちゃんが抜けた分、若手(?w)が頑張っておりました。
特に毎年のように褒めてますが、ウドちゃんがほんとに素晴らしい。共演者泣かせの笑いの破壊力(笑)
そりゃみんな笑いをこらえて下を向いたり顔を背けたりしちゃうよね。ウドちゃんが額に汗をすればするほど笑いの渦が大きくなる。
もう大好き!w
飯尾×天野+エネルギー平子+玉寄兼一郎(ベラ)のホストコントはずるい。
天野くんが一番誰よりも楽しんでる。あれだけ飯尾くんに無茶振りしてさ、結局観客よりも自分が楽しんでる。その様子が卑怯なくらいに面白い。
体格のいいベラは板の上で休憩しちゃだめだって(笑)
でも天野くんの振りに意外に面白い返しを出来るのは、流石カンコンキンシアター20年の大ベテラン。「23-43」は伊達じゃないね(笑)
そんな玉寄兼一郎さんは大好きな一人ですよ。
あ、そうだw、剛州さん忘れてたww
楽日には成功したんだろうか…あのカンコンキンシアター20周年記念のお礼の言葉。
天野くんが司会進行をし、剛州さんが「最後まで噛まずに挨拶を読めたら成功」というもの。
司会進行の天野くんが異常なまでに会場を盛り上げ相当なプレッシャーを剛州さんに与えつつ、さあ!開始!!
って…やっぱりすぐ噛んだ(爆)
さすが剛州さん、観客、引いては出演者の期待を裏切らないwwww
関根麻里ちゃんは出来る子。
ただ麻里ちゃんを押しすぎると他の女優陣を使いづらくなってしまうだろうから、もっと活躍して欲しいけどバランスの関係上仕方ないかな。
女優といえば、今井久美子さん。
ほんとに嫌なことは断っていいんですよ(笑)細川茂樹さんの大ファンとは知らなかった。
彼女の喪服姿は日本一です(爆)
他にもエネルギーの森くんの変態っぷりを披露した増島綾子さんはよかったね。
アニメ声好きな人にはたまらんアニロリ声(笑)「おにいちゃん!」と言われて萌えた人が、森くん以外にも客席、出演者にもたくさん居たはずだ(笑)
忘れてはいけないのが、「漁火兄弟ライブ、「雨」の替え歌で「穴」」。
今回も玉寄兼一郎さんと鈴木晋介さんのコンビは絶妙。素晴らしいの一言に尽きますね。
毎回言ってるかも知れませんが、ぜひCD化をお願いしたい!
そういえば鈴木晋介さんは、東京スター銀行の「完済人はじめます」でCMにでてますね。メガネの人が鈴木さんです。
その鈴木さんが久しぶりに重力と戦う男を披露してくれましたね。
今回は2回も。しかも今回は円熟の極みで、若い頃成功しなかった新聞紙を使用したものを披露してくれました。
あ、この芸の細かい内容は、、、言えないっす(笑)
……毎回書き出すと長くなるなぁ(笑)
他にもラビは相変わらず面白いし、イワイガワ、エネルギーのコントも面白かった。
もちろん最後のお白州もね(笑)
プライベート裁判は………みんな酷すぎ、むしろ馬鹿(笑)
シアターアプルは無くなってしまいますが、是非とも新しい小屋を見つけて、座長の体力と気力の続く限りカンコンキンシアターをやって欲しいと思います。わしはいつまでもついて行きますね。
| パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)| △PageTop
茶香好友 製茶実習参加者募集
August 23, 2008 Saturday [ Oolong Tea(台湾茶) ]
今年もこの時期がやってまいりました。
師匠の茶香好友が今年も製茶実習の参加者募集を開始しました。
詳しい内容は、以下をチェック!
しかし!今回はいつもとちょっと違う!
いつもは文山包種茶の製茶実習ということになるんです。
もちろん今回もあの最年少で2007年台湾全国包種茶製茶技術コンテストで優勝した蘇志成茶師の指導の下行います。
開催日は、
文山包種茶製茶実習(台北縣坪林郷、蘇茶師指導、宿泊:蘇茶師自宅、男女別各1部屋)
10月25日(土)、26日(日)の1泊2日、7:30台北ホテル集合後、専用車にて坪林へ出発、翌日15:00頃台北解散予定
10月28日(火)、29日(水)の1泊2日
となっております。
そして今回の製茶自習の違いとは、なんと花蓮の高茶師の下で紅茶の製茶実習を行います!
あの紅玉(台湾18号)で紅茶を作った高茶師です。
開催日は、
11月2日(日)、11月3日(月)の1泊2日
6:00台北ホテル出発、台北駅より特急列車、翌日22時頃台北駅帰着、ホテルにて解散予定
となっております。
また、茶香好友の師匠によると、
航空券の空席紹介はこちらを参考にしてくださいhttp://abroad.air.travel.yahoo.co.jp/bin/aair_search?areacd=0100&countrycd=TW&citycd=TPE
http://www.tour.ne.jp/今年は台湾が人気で航空券が取りにくくなっているので、早めに予約することをお薦めします
参考 10月24日、27日、31日発 約25,000円、燃油サーチャージ別(約25,000円)
11月1日発 約30,000円
ということになってるそうです。
台湾人気があるのはいいけど、このタイミングはみんな外して欲しいな(笑)
さて、わし自身もスケジュールの調整に入らねば…
まずは今の仕事を9月中には片付けないとあかんね。
関連エントリー
・台湾茶 蘇茶師の人気の秘密
・台湾茶 花蓮 高茶師の台湾紅茶 紅玉(台湾18号)
・台湾茶 蜜香緑茶、蜜香紅茶でさらに有名になった花蓮縣の高茶師
関連サイト
・茶香好友
・茶香好友 - 2008年冬茶製茶実習 参加者募集! -
・茶香好友 製茶実習申込、問合せフォーム
| パーマリンク | トラックバック (0)| △PageTop
本手打ち そば蔵
August 13, 2008 Wednesday [ 本手打ち そば蔵 ]
盆休み、夏休みって何?それって美味しいの?食べられるの??(゚Д゚)ハァ?????
のおやかたです、おはようございます。
例よって過日の話ではありますが、8月9日にバタバタのスケジュールの合間を縫って「本手打ち そば蔵」に言って参りました。なんせ前日の23時に急遽電話が来て決まった話だ(笑)
面子は以前のエントリーの「根津 くしあげどころ はん亭とnezz」と「北千住 天七、蜂の巣、COSMIC SOUL」と同じ。わしを含めて3人。そしてわしを含めて旨いものを目の前にしたときは「早く大人になろうね」って面子(笑)
わし以外の2人はそば蔵は初体験(笑)
写真は以下にてご覧下さい。
そば蔵
http://picasaweb.google.co.jp/chasanfuku/YFEqEJ#
3人もいればまず頼まなければいけないのが、「へぎそば」。
これを食わずしてそば蔵を語るな、と個人的には言いたい。
とはいいつつも主の蕎麦打ちの腕は確かなので他の蕎麦を食っても旨いんだけどね(笑)
ぜひとも五感すべてで堪能していただきたい逸品であるのは間違いないですな。
このへぎそばを前にして若干1名が早速子供っぷりを披露しやがった(笑)
オイオイ、わしの分が…………ってな感じだったのでもう一枚追加したのは内緒の方向で(爆)
これももう何度もわしのBlogでも紹介している定番メニューですね。
もちのてんぷら。
おろし生姜がのった大根おろしにさっと醤油をかけていただくのが旨い。
そして〆メニューはこれ!
バニラアイスに蕎麦茶をふりかけたアイス。
…めちゃめちゃうまい。
この組み合わせは、バニラアイスにエスプレッソをかけて食べるものよりも旨い。
蕎麦茶も普通のではないもの。ひと工夫してるのはさすが。
この本手打ち そば蔵で外せない一品がまた出来てしまった(笑)
この他にも、定番のにしんの旨煮、天ぷら盛合せ等を注文し、わし以外は日本酒、焼酎の蕎麦湯割りを堪能。
そしてすっかり写真を撮り忘れたが(笑)、新メニューの鴨の治部煮もかなりの絶品。
ぜひぜひ、夏休みなどという伝説のものがある御仁はこの機会に足を運んでいただきたいと思います。
来週後半は夏期休業のようですので、その時期に行こうかなって御仁は電話にて確認をしてくださいませ。
本手打ち そば蔵(そばぞう)
〒333-0862
埼玉県川口市北園町46-3
TEL/FAX 048-268-0031
営業時間
昼の部 11:30~14:30
夜の部 17:30~20:30
関連エントリー
・本手打ち そば蔵ARCHIVE
・根津 くしあげどころ はん亭とnezz
・北千住 天七、蜂の巣、COSMIC SOUL
| パーマリンク | トラックバック (0)| △PageTop
タモリの弔辞で泣いた
August 07, 2008 Thursday [ Diary ]
「天才バカボン」の作者であり、本人も間違いなく天才の漫画家赤塚不二夫さんが亡くなった。
葬儀は本日行われた。
その時のタモリの弔辞を見て、聞いて、わしは泣いた。
タモリの弔辞の全文はSANSPO.COMにて。映像はYouTubeにてどうぞ。
一見すると弔辞を読み上げてるように見えるが、実はあれ白紙を手にしているだけ。
きっと心の中の想いをそのまま読み上げたんだと思うが、その姿に、言葉に、わしは泣けてきた。
わしが泣いたことに、「あーだこーだ」などという理屈は必要なかった。いや、無かった。
目にしたもので十分だったさ。
赤塚不二夫、タモリの懐の深さには嫉妬すっら出来ない。
赤塚不二夫、タモリの器の大きさには嫉妬すっら出来ない。
赤塚不二夫、タモリの繋がりの深さには嫉妬すっら出来ない。
そんな関係を築けた赤塚不二夫、タモリという人間が素晴らしいと思うし、うらやましい。
わしもそんな人間になりたいと思うが…それは戯言かな。
赤塚不二夫さんのご冥福をお祈りいたします。
※8月8日14:27にタモリこと森田一義さん弔辞全文を追加。
あ、そういえば赤塚不二夫さんが亡くなった日は「8月2日」なんだよね。
わしのいわゆる誕生日ってやつだ。
こんな形とはいえ何かしらの繋がりを感じることが出来たのは………「これでいいのだ」かな。
森田一義さん弔辞全文は以下です。
「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」
| パーマリンク | トラックバック (0)| △PageTop