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表現、気づくもの、こころ
June 22, 2004 Tuesday [ Words ]
人は自分が嫌いなものを表現するときが、一番表現が多彩である。
嫌いなものほど心をとらえてやまないのではないか?
嫌いなものにこそ心が呪縛されているのではないか?
人は本当に好きなものには気がつかないときがあるのに、嫌いなものに関しては常に知っている。
人は嫌いなものに支配されているのではないか?
わしはメロンが嫌いだ。どのくらい嫌いかを表現するなら、
「メロンと名のつくもので存在していいものはメロンパンのみ」
である。
わしのこの表現もどうかと思うが、嫌いな生クリームを、
「あのモーっとした感じがやなんですよ」
と言われたのは生まれて初めてであった。
嫌いなものがあるということは、表現の宝箱を得たのと同じなのだろうか?
投稿者 oyakata : 2004年06月22日 00:00
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